久女マップ

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イラスト 原賀いずみ ©原賀いずみ 

句碑・ゆかりの地

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日明旧居

鯛を料るに俎(まないた)せまき師走かな(大正6年1月ホトトギス台所雑詠初入選)

「漂浪の旅に出た兄がヒョッコリと、この日明の家を尋ねて呉れたのは去年の十一月の初め頃だった。

(略)子のない兄は忙しい私の手助けに、赤ン坊を抱いて呉れたり、お天気のよい日には長女を連れて、海岸を散歩したり、珍しげに直き近所の漁師町を見物に出かけたりして日を消していた。そして、いつもキット句の手帳を袂に入れていた。

(略)私が兄にすすめられて導かれて俳句と云うものを作りはじめたのは実に其の頃からだった。子供達を寝せつけて、夜なべに冬着など縫いつつ、台所の竃の辺で夜毎になく、虫の音をじいっと聞きながら、生まれて初めて俳句と云うものに親しみ始めた。」(堤上の家より)

艫(ろ)の霜に枯枝舞ひ下りし烏かな(大正7年4月ホトトギス雑詠初入選)

春寒や刻み鋭き小菊の芽(大正8年4月ホトトギス雑詠入選)

東風吹くや耳現はるゝうなゐ髪(大正9年作)

 

北九州市小倉北区日明1丁目6番27号 <<クリックすると地図が表示されます。

■交通/西鉄バス「小倉駅前」(勝山通りの中央三井信託銀行前のバス停)から70番・74番・90番・91番・97番で「日明1丁目」下車、徒歩5分

 


堺町公園

花衣ぬぐやまつはる紐いろいろ (大正8年6月ホトトギス雑詠入選)

「花見から戻ってきた女が、花衣を一枚一枚はぎおとす時、腰にしめている色々の紐が、ぬぐ衣にまつわりつくのを小うるさい様な、又花を見てきた甘い疲れぎみもあって、その動作の印象と、複雑な色彩美を耽美的に大胆に言い放っている。」(大正女流俳句の近代的特色)

 

足袋(たび)つぐやノラともならず教師妻(大正11年2月ホトトギス入選)

「此の句はくすぶりきった田舎教師の生活を背景としている。暗い灯を吊りおろして古足袋をついでいる彼女の顔は生活にやつれ、瞳はすでに若さを失っている。過渡期のめざめた妻は、色々な悩み、矛盾に包まれつつ尚、伝統と子とを断ちきれず、ただ忍苦と諦観の道をどこ迄もふみしめてゆく。

人形の家のノラともならずの中七に苦悩のかげこくひそめている此の句は、婦人問題や色々のテーマをもつ社会劇の縮図である。乳責りなく児。葱ぬく我。足袋つぐ妻の句は作者の境遇がうみ出した生活の為の作句である。」(大正女流俳句の近代的特色)

 

朝顔や濁り初めたる市(いち)の空(昭和2年11月ホトトギス入選)

夕顔やひらきかゝりて襞(ひだ)深く(昭和2年12月ホトトギス入選)

 

北九州市小倉北区堺町1丁目7番 <<クリックすると地図が表示されます。

■   交通/JR小倉駅小倉城口から徒歩約15分。西鉄バス「小倉駅バスセンター」から8番・22番・34番・38番などで「平和通り」下車、十八銀行第一生命共同ビルのある小文字通り沿い徒歩5分

 


櫓山荘公園

櫓山荘虚子先生来遊句会 

潮干人を松に佇み見下ろせり(大正11年作)

「大正11年の春、九州御旅行の御帰途である虚子先生を小倉へお迎えしたのは丁度椿の咲く頃だった。櫓山荘のユーカリ並木で自動車を下りて、おひろいになる先生に、菜畠はすでに淡い花をつけ、山荘の大門はひらかれ、門坂には椿がおちかたまっていた。

応接間の、枯松葉がもえさかる暖炉の前に、虚子先生はおかけになって、玻璃越の玄海を眺めつつ、汐干と落椿二題を課して下さった。芝生へ廻された下駄をはいて、裏山へのぼり、汐干潟を眺め佇まれる先生のしりえに、庭芝をふみつつ句作する私達だった。」(落椿)

水汲女に門坂急な避暑館(創作年月不祥) 

橋本多佳子氏と別離

忘れめや実葛の丘の榻(とう)二つ(昭和4年作)

 

北九州市小倉北区中井浜4番 <<クリックすると地図が表示されます。

■   交通/西鉄バス「小倉駅前」(勝山通りの中央三井信託銀行前のバス停)から70番・74番・90番・91番・97番で「真颯館高校」下車、徒歩10分

 


圓通寺

無憂華(むゆうげ)の木蔭はいづこ仏生会

ぬかずけばわれも善女や仏生会

灌沐の浄法身を拝しける

(昭和7年7月ホトトギス雑詠初巻頭五句のうちの三句)

 

三山の高嶺づたひや紅葉狩(昭和6年作)

 

北九州市小倉北区妙見町1番30号 <<クリックすると地図が表示されます。

■   交通/西鉄バス「小倉駅前」(勝山通りの明治安田生命前のバス停)から93番で「広寿山」下車、徒歩10分

 


広寿山福聚寺

「虚子先生は鹿児島からの御帰途、十月十一日の朝、泊月野風呂両氏を従えて、七年振りに小倉へ御安着。午後から小倉の東、広寿山禅寺に於ける俳句会へお越し頂きました。

(略)この禅寺は唐僧即非禅師の開祖で、宗因も嘗てここに遊んだ事があるという雪舟好みの木深い庭を前に、方丈の藁廂の上に、霧が嶽がくっきりと秋晴れていた。荒れ寂びた石蕗の径を、返り咲く椿のかげの芝生を、虚子先生はただお一人静かに歩いていられた。

(略)虚子先生をお迎えして近々と御見あげ申す事の出来た一同の喜びは言葉につくしがたい程であった。」(再び虚子先生をお迎えして)

 

北九州市小倉北区寿山町6番7号 <<クリックすると地図が表示されます。

■   交通/西鉄バス「小倉駅前」(勝山通りの明治安田生命前のバス停)から93番で「広寿山」下車、徒歩5分

 


富野菊ヶ丘

菊花を干して菊枕を作る 四句

愛蔵す東籬(とうり)の詩あり菊枕

白妙の菊の枕をぬひ上げし

ちなみぬふ陶淵明の菊枕

ぬひあげて菊の枕のかほるなり

(昭和7年3月ホトトギス入選)

 

「私の菊を愛す心もちは幼い時から父の蘭菊好きにはぐくまれたものである。さて、さっき一寸書いた菊枕というのは、陶淵明の東?の菊にちなみ、恩師虚子先生の延命長寿をいのるため、二三年前、白羽二重の枕に菊花を干してつめてさしあげたものである。その時、虚子先生から

 初夢にまにあひにける菊枕

というお句をいただいた。ことしも私はふと菊枕を作ろうと思いついて、外へ出る度に白菊のみを求めてはさげて戻った。或日は又足立山麓広寿山のほとりにある七反歩ばかりの菊畠に菊つみにもいった。碧るりの玉の如く晴れた、雲一つない大空の下で明るい日ざしをあびつつ籠に黄菊白菊をつみうつるのは誠に心楽しい事であった。」(菊枕)

 

「隣りの地蔵堂の山椿がいっぱい花をつけ出した。菊が丘は東に足立、霧が嶽をひかえ、西北に玄界灘をのぞみ見て誠に風の激しいところ。見渡す玄海に白波のわきたつ日は、丘の家は二階の雨戸もあけられず。凄まじい勢いで海から、山から、風がふきつける。咲きかけた沈丁花も牡丹の嫩葉も風にいたんでしまう有様である。

 しかし風のない天気のよい日は、欄から見渡す帆柱、貫の山々は紫にかすみ、丘つづきの青麥はかぎろい、草をつむ童も見えて誠にのんびりした眺めであるが、また雨でもふり出したら、草庵の通い路の、坂道も、門辺もすっかり泥濘になってしまう。」(落椿)

 

北九州市小倉北区上富野1丁目4番39号付近 <<クリックすると地図が表示されます。

■   交通/西鉄バス「小倉駅前」(勝山通りの明治安田生命前のバス停)から49番、70番、73番、95番、96番などで「上富野1丁目」下車、徒歩10分

 


長浜(企救の高浜)

万葉企救の高浜根上り松 次第に煤煙に枯るゝ 一句

冬浜のすゝ枯れ松を惜みけり(創作年月不詳)

くぐり見る松が根高し春の雪(昭和9年5月ホトトギス雑詠巻頭五句のうちの一句)

 

北九州市小倉北区長浜町2番21号(貴布祢神社内) <<クリックすると地図が表示されます。

■   交通/JR小倉駅新幹線口前の国道199号線沿いを徒歩約20分。西鉄バス「末広1丁目」バス停付近(バスは早朝のみ運行)

 


公餘倶楽部(現高見倶楽部)

風に落つ楊貴妃桜房のまゝ

むれ落ちて楊貴妃桜尚あせず

(昭和7年7月ホトトギス雑詠初巻頭五句のうちの二句)

 

むれ落ちて楊貴妃桜房のまゝ(昭和7年作) 

 

5月7日

 夜来の低気圧も去って俳句日和。いく代様と準備して御待ちいたすほどもなく、小倉より久女先生はじめ一同朗らかなお声と共に御集まり下さいました。御茶召上る間も惜しいとさすがに俳人らしく三々五々庭にて句作。そのうち楊貴妃桜に御目をとめられ歩廊の石段に腰打ちかけて美しい句がたくさん出来ました。

 風に落つ楊貴妃桜房のまゝ

 選後久女先生より一句一句の御批評。隔意なくお茶をくみ桜餅に舌鼓をうって、八幡にてはじめての俳句会を四時過ぎ終わり惜しき別れを申し上げました。

八幡公餘倶楽部にて 山野愛子記 (昭和7年6月「花衣」第三号)

 

雪颪す帆柱山(ほばしら)冥(くら)し官舎訪ふ(昭和9年5月ホトトギス雑詠巻頭五句のうちの一句)

 

 八幡製鉄所起業祭

かき時雨れ炉は聳(た)てり嶺近く(昭和7年作) 

 

北九州市八幡東区高見1丁目3番3号 <<クリックすると地図が表示されます。

■   交通/西鉄バス「小倉駅前」(勝山通りの中央三井信託銀行前のバス停)から1番で「荒生田公園下」下車、徒歩5分

 


関門海峡

春潮に流るる藻あり矢の如く(創作年月不詳)

壇浦見渡す日覆まかせけり(昭和7年9月ホトトギス雑詠入選)

逆潮をのりきる船や瀬戸の春(昭和9年5月ホトトギス雑詠巻頭五句のうちの一句)

日覆かげまぶしき潮の流れおり(創作年月不詳)

 

北九州市門司区大字門司3492-1(和布刈神社) <<クリックすると地図が表示されます。

■   交通/JR小倉駅から鹿児島本線JR門司港駅へ。西鉄バス「門司港駅前」から7番、36番、74番で「関門トンネル人道口」下車

 


遠賀川

萍の遠賀の水路は縦横に(創作年月不詳)

すぐろなる遠賀の萱路をただひとり(昭和8年4月ホトトギス雑詠入選)

土堤長し萱の走り火ひもすがら(昭和9年4月ホトトギス雑詠入選)

蘆の火の燃えひろがりて消えにけり(創作年月不詳)

生ひそめし水草の波梳き来たり(昭和9年5月ホトトギス雑詠巻頭五句のうちの一句)

 


耶馬溪

大嶺に歩み迫りぬ紅葉狩(昭和10年2月ホトトギス雑詠入選)

耶馬溪の空は瑠璃なり紅葉狩(昭和10年1月ホトトギス雑詠入選)

耶馬溪の岩に干しある晩稲かな(創作年月不詳)

洞門をうがつ念力短日も(創作年月不詳)

 

大分県中津市本耶馬渓町曽木(青の洞門) <<クリックすると地図が表示されます。

■   交通/JR小倉駅から日豊本線JR中津駅へ。中津駅から大交北部バス日田行きで約30分、「青の洞門駐車場」下車

 


宇佐神宮

うらゝかや斎き祀れる瓊の帯

藤挿頭す宇佐の女禰宜は今在さず

丹の欄にさへづる鳥も惜春譜

雉子鳴くや宇佐の盤境禰宜ひとり

春惜む納蘇利の面ンは青丹さび

(昭和8年7月ホトトギス雑詠巻頭五句)

 

大分県宇佐市大字南宇佐2859 <<クリックすると地図が表示されます。

■   交通/JR小倉駅から日豊本線JR宇佐駅へ。中津駅から大交北部バス四日市行きで約10分、「宇佐八幡」下車

 


香春町神宮院

紀元節ひとり香春神宮院にあそびて 

岩ばしる水の響きや梅探る

梅林のそぞろ歩きや筧きく

探梅や暮れて嶮しき香春嶽

(昭和9年3月「かりたご」)

 

福岡県田川郡香春町香春56 <<クリックすると地図が表示されます。

■   交通/西鉄バス「小倉駅バスセンター」から田川行きで約1時間、「神宮院」下車。徒歩10分

 


英彦山

谺(こだま)して山ほととぎすほしいまゝ(昭和6年日本新名勝俳句帝国風景院賞金賞受賞句)

「昨年英彦山に滞在中の事でした。宿の子供達がお山へお詣りするというので私もついてまいりました。行者堂の清水をくんで、絶頂近く杉の木立をたどる時、とつぜんに何ともいえぬ美しいひびきをもった大きな声が、木立のむこうの谷間からきこえて来ました。それは単なる声というよりも、英彦山そのものの山の精の声でした。短いながら妙なる抑揚をもって切々と私の魂を

深く強くうちゆるがして、いく度もいく度も谺しつつ声は次第に遠ざかって、ぱったりと絶えてしまいました。時(ほとと)鳥(ぎす)!時鳥!こう子供らは口々に申します。私の魂は何ともいえぬ興奮に、耳は今の声にみち、もう一度ぜひその雄大な、しかも幽玄な声をききたいというねがいでいっぱいでした。

けれども下山の時にも時鳥は二度ときく事が出来ないで、その妙音ばかりが久しい間私の耳にこびりついていました。私はその印象のままを手帳にかきつけておきました。その後、九月の末頃再登攀(とうはん)の時でした。

(略)再び足下の谷でいつかの聞きおぼえある雄大な時鳥の声がさかんにきこえはじめました。青葉につつまれた三山の谷の深い傾斜を私はじっと見下して、あの特色のある音律に心ゆく迄耳をかたむけつつ、いつか句帳にしるしてあったほととぎすの句を、も一度心の中にくりかえし考えて見ました。ほととぎすは惜しみなく、ほしいまゝに、谷から谷へとないています。じつに自由に。高らかにこだまして。

その声は(略)北岳の嶮にこだましてじつになだらかに。じつに悠々と又、切々と、自由にー。英彦山の絶頂に佇んで全九州の名山をことごとく一望におさめうる喜びと共に、あの足下のほととぎすの音は、いつ迄も私の耳朶にのこっています。」(日本新名勝俳句入選句)

 

橡(とち)の実のつぶて颪や豊前坊(昭和6年日本新名勝俳句帝国風景院賞銀賞受賞句)

橡の実や彦山(ひこ)も奥なる天狗茶屋(昭和12年作) 

 

福岡県田川郡添田町大字英彦山(英彦山神宮) <<クリックすると地図が表示されます。

■   交通/JR小倉駅から日田彦山線JR彦山駅へ。彦山駅から添田町バス※で約15分、「銅の鳥居」下車。スロープカー「幸(ボヌール)駅」から「神(ディブ)駅」下車、徒歩5分

 ※時刻表は添田町役場ホームページを参照