今年の久女忌は、新型コロナウイルス対策のため、一般の方への広報は控えて執り行われました。ご遺族の石太郎氏も東京からおみえになり、参列者7名のささやかな久女忌となりました。

 久末隆彦(久女・多佳子の会)会長から、令和元年9月に出版された「杉田久女の百句」の著者・俳人の伊藤敬子先生が令和2年6月に逝去され、急逝に驚かされたこと、6月にいのちのたび博物館で開催された「小倉藩と福田屋」という企画展示に、久女の夫杉田宇内が福田屋の主人に宛てた自筆の手紙が展示されたことの報告がありました。宇内の自筆の手紙は、極めて珍しいものです。

 林久照、慧照和尚による読経の中、参列者は一人ずつ久女の好んだ白菊を献花、焼香しました。

読経が終わり、久末会長から、伊藤敬子先生のご著書の久女の句、

   けふの糧幸足る汝か寒雀

の献句があり、「庭先へ来ている寒雀よ、お前たちは餌を一所懸命食べているが、それで満ち足りているのか、と問いかけている。日々の糧で満足しているのだろうかという自らへの問いが、久女の生涯を貫いていたのではないか」との伊藤先生の奥深い鑑賞文の紹介と追悼の言葉がありました。

  最後に、ご遺族の石さんから、「久女は55、6歳で亡くなったが、これだけの業績を残し、皆さんに愛されている。天性のものというか、感性のすばらしさを持っているのだと思う。久女忌を大切にしている北九州で、久女は皆さんが俳句を学んでいくうえで目標になるものと言えると思う。北九州での俳句を通じての文化の継承が、これからも続いていくことを願う。」とご挨拶いただきました。