令和2年1月21日(火)午前10時、北九州市小倉北区妙見町の圓通寺本堂で、久女忌が執り行われました。今年の久女忌には、90名の方々に参加していただきました。

 当会の久末隆彦会長が、「令和初の久女忌となった。久女の「菊枕」という随筆に、平成天皇がお誕生された朝、帆柱山や貫山は雪をかぶり、お誕生を祝う鐘が鳴りわたり、家々には国旗が飾られた。」との一文を紹介しました。また、久女の夫杉田宇内の故郷愛知県豊田市小原町でも、毎年「おばら杉田久女俳句大会が」開催され、久女のお孫石太郎さんの句がその大会賞となったことを紹介しました。


 

 続いて、ご来賓としてご出席いただいた北里勝利小倉北区長から、「久女は、北九州市が誇る、近代女性俳句の先駆者であり、天性の才能を発揮し、近代俳句の新たな道を切り拓いた。その功績は時代を越え、今なお高く評価されており、精神文化の礎として、本市に多大なる貢献をいただいている。」とのご挨拶をいただきました。
           
 その後、圓通寺の林久照ご住職、慧照師がお経を上げてくださるなか、参加いただいた90名の方々が、一人ずつ久女の好んだ白菊を手向け、久女を偲びました。


  

続いて、当会の津田恵子会員が、久女が百年前に詠んだ

傘にすけて擦(す)りゆく雨の若葉かな

紫陽花(あじさい)に秋冷(しゅうれい)いたる信濃(しなの)かな

個性(さが)まげて生くる道わかずホ句の秋

の三句を読み上げ、献句しました。

 

 

 最後に、久女のお孫さんの石太郎様から、ご遺族を代表して、「このような行事があるのは、たいへん貴重なことである。久女の句は百年経った今も光を放っている。俳人としての重みを感じる。芸術性の高さなどをもっと若い人などに知ってほしい。」とご挨拶いただきました。

 久女忌に続いて開催された講話会では、市立文学館の中西由紀子学芸員が、『「花衣」廃刊の心地‐杉田久女「所感」を読む』と題して、お話をしていただきました。

 

 この日は、抜けるような青空で、平年より暖かい冬のせいか、庭の白梅もたくさん開くなど、穏やかな久女忌となりました。